母親には、「おかんスイッチ」なるものがあるらしい
我が子は重い病気を持って生まれてきた
生まれた直後から、様々な選択、判断を迫られた
・重い副作用の可能性がある薬の投与
・聞いたこともないような手術
・呼吸器をつけるかどうか
・自宅に帰るかどうか
常に息子につきっきりの妻
「自分で選んでそうしている」
私はてっきりそう思い込んでいた
お互いに、常にいっぱいいっぱい
口論になると、
「君は好きでそうやっているんだろう?」
と責めてしまっていた
恐らく、妻自身もよく分かっていなかっただろう
しかし、あるとき妻がこんなことを言った
「自分がしんどくなるのは頭では分かっている」
「でもやらずにはいられない、どうにもならない自分がいる」
この発言には衝撃を受けた
それを妻は「おかんスイッチ」と名付けた
自分の意思とは別に、
子どものことになると、理屈を超えてやってしまうのだそうだ
同じ親でも、私にはない感覚だ
それからさらにすったもんだを経て、
徐々に「おかんスイッチ」が理解できるようになった
そうなってしまうことを「やるな」と言われることはとても辛いことだ
私はあれこれと考えてしまう性格だが、
人から「考えるな」と言われると、非常につらい
「考えるな」は、私にとっては「死ね」に近い
「おかんスイッチ」の存在を前提にすると、
妻への対応も変わってくる
「おかんスイッチ」による行動が、
できるだけスムーズにできるようにサポートするしかない
実は、どこか親として、妻と張り合う気持ちがあったのかもしれない
「おかんスイッチ」の存在を知れたおかげで、いい意味で「負け」を認めることができた
「おかんスイッチ」は偉大である
人類みな女性から生まれ、「おかんスイッチ」に育まれて今に至る
だから、世の女性には敬意しかない